大判例

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東京高等裁判所 平成4年(行コ)149号 判決 1993年5月31日

控訴人

市川一男

右訴訟代理人弁護士

奥川貴弥

高木裕康

被控訴人

朝木明代

矢野穂積

主文

一  原判決を取り消す。

二  被控訴人らの請求を棄却する。

三  訴訟費用は、第一、二審を通じて被控訴人らの負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  控訴人

主文同旨

二  被控訴人

控訴棄却

第二  当事者の主張

当事者双方の事実の主張は、次のとおり付加するほかは、原判決の事実欄中の「第二 当事者の主張」に記載のとおりであるから、これを引用する。

1  原判決書一一枚目裏末行の「見解を示したため、」を「見解を示し、その旨の記載のある土地使用契約書を取り交わした(もっとも、右契約書上は、固定資産税を減免する、との表現が用いられているが、東村山市としては地方税法及び東村山市税条例上当然非課税となると考えていたのであるから、右の表現は、固定資産税は非課税の扱いであるとの市の見解を注意的に記載したものと解すべきである)。」に改める。

2  原判決書一三枚目裏二行目末尾から三行目にかけての「無効ではないと解されること」を「必ずしも無効とされるものではなく、税の免除、非課税を内容とする契約も地方住民の福祉の増進を目的として、不公平な結果を生ぜしめない限り有効であると解されること」に改める。

3  原判決書一五枚目裏四行目末尾から五行目にかけての「いうべきである。」の次に、「このことは、本件において、土地使用契約書に固定資産税は非課税とする旨明記されており、本件固定資産税の非課税扱いは報償費と合せて、土地使用の反対給付となっていたと解されることからも明らかである。」を加える。

第三  証拠<省略>

理由

一当裁判所は、本件において東村山市が固定資産税を賦課しなかったことは違法であり、このことについて市長であった控訴人が責任を免れることはできないが、東村山市に損害が生じていないから、被控訴人らの請求は結論において理由がないと判断するものである。その理由は、以下に述べるとおりである。

1  被控訴人の主張のうち損害に関する部分を除く主張に対する当裁判所の判断は、次のとおり付加するほかは、原判決の理由説示(原判決書理由一ないし三)のとおりであるから、これを引用する。

(一)  原判決書二一枚目表二行目から同裏七行目までを次のように改める。

「確かに、同項だたし書きは、右の場合に固定資産税を賦課するかどうかにつき、法の趣旨目的に反しない限度において地方公共団体の裁量を許すものと解される。しかし、法第三条によれば、地方団体は、その地方税の税目、課税客体、課税標準、税率その他賦課徴収について定めをするには、当該地方団体の条例によらなければならないものとされ(同条一項)、また、地方団体の長は、右の条例の実施のための手続その他その施行について必要な事項を規則で定めることができるものとされている(同条二項)ことや、税の賦課に当たっては適正、公平の要請がなによりも重要であり、いやしくも恣意を疑われるような裁量があってはならないことを考えると、税の賦課に関する裁量は、国の法令又は地方公共団体の条例の定める基準に従って行われるべきであって、これらの定めがないのに賦課権者の個別的な裁量によって税を賦課し、またはしないことを決することは許されないものと解すべきである。

法第三四八条二項ただし書が特に裁量の基準を定めていないことは明らかであり、東村山市税条例第四〇条の六は、固定資産を有料で借り受けた者がこれを法第三四八条第二項に掲げる固定資産として使用する場合においては、当該固定資産の所有者に対して固定資産税を課する、と定めている(「課することができる」ではない)のであって、むしろ裁量による判断を予定していないと解される。したがって、本件については本来裁量が許されない場合であるというほかない。また、後に認定するように(2(四))、東村山市が本件各土地につき所有者に報償金を支払いながら固定資産税を賦課しないこととした理由は、その方が土地を借りるうえで地主の協力を得やすかったということに尽きるのであって、市民のスポーツ施設を充実するための苦心のほどは理解できるとはいえ、税の賦課における適正、公平の観点からする限り、適切な扱いでないとされても止むを得ないものであり、他に法の趣旨、目的を実現するために欠くことのできない裁量権の行使であったという事情も認められない。本件各土地について固定資産税を賦課しなかったことにつき裁量が許されるとの控訴人の主張は採用することができない。」

(二)  原判決書二二枚目表八行目の「規定はないから」を「規定はないし、先に判示したような本件各土地につき固定資産税を賦課しなかった理由は、いまだ「公益上その他の事由により課税を不適当とする場合」に当たるとすることはできないから」に改める。

(三)  原判決書二二枚目裏五行目冒頭から二四枚目表七行目の「採用することはできない。」までを次のとおり改める。

「 そして、<書証番号略>(当審提出)によれば、東村山市が昭和五三年一月に本件各土地のうち秋津三丁目四四番四二の秋津ゲートボール場を借り受けた際には、土地の提供者と東村山市との間で、「土地無償貸借契約書」と題する書面が取り交わされ、同書面には、東京都東村山市は契約期間内の固定資産税及び都市計画税を減免するものとする、との記載があること、及び右契約書には契約の当事者である東村山市を代表するものとして東村山市長の記名押印があることが認められ、このことに<書証番号略>を併せると、市はスポーツ施設に供するために土地を提供してくれる所有者に対して固定資産税及び都市計画税を賦課しないことを説明して土地を借り受けてきたことを認めることができ、本件各土地についても同様の手続が採られてきたものと推認することができる。したがって、本件各土地の借受けにあたっては、東村山市は、いずれも固定資産税を賦課しない旨を納税者である土地所有者に公的に表示していたものということができる。そして、本件各土地の所有者は、こうした市の約束を信頼したからこそ、本件各土地を市に貸すことになったことは推認に難くない。

しかしながら、右のような事実があるからといって、本件において信義則ないし禁反言の法理を適用して本件各土地につき固定資産税を賦課しなかったことを適法とすることはできないというべきである。信義則ないし禁反言の法理といわれるものは、法の一般原理のひとつであるから、この法理が課税処分の許否ないし適否を判断するに当たっても適用される場合があり得ることは、当裁判所も一般論として否定するものではない。しかし、租税に関する行政権の行使には、法律による行政の原理がことさら厳格に適用されなければならない(租税法律主義の原則)ところであり、法が厳格に遵守されることによって実現される納税者間の平等、公平は極めて重要な法益であるから、信義則ないし禁反言の法理を適用すべき範囲も自ずと限られてくることは当然である。控訴人は各地主の信頼をいうが、本件の場合、市が遡って土地所有者に適切な対価を支払えば、財産的な迷惑をかけることはないのであるから、市が本来あるべき行動を採ることにさほどの問題があるとは考え難い(後に判示するように、通常の賃料による賃貸借契約にすることにより返してもらいにくくなるという地主の意見はあったにせよ、これは多分に誤解に基づくところがあり、市が誠意を伝えることにより解決し得ないものではないから、それほど重視するわけにはいかない。)。信義則ないし禁反言の法理を適用すべき事案とは認められず、控訴人の主張は採用することができない。」

(四)  原判決書二五枚目表三行目の「地方公共団体といえども、その」を「地方公共団体の」に、同裏三行目の「このように、」から九行目末尾までを「後記のとおり行政機関としてとった施策が裁判所によって違法であると判断された以上、市長としては違法と指摘された状態を解消する措置を採るのが本来求められるところである。このことによって土地所有者の信頼が損われるところがあるとしても、それはやむを得ないところであり、別途信頼回復の手段を工夫するほかないというべきである。ことに本件の場合は、先に判示したとおり、適切な対価を支払えば、それほど問題が生ずるとも考え難いから、控訴人が違法を是正しなかったことを正当化する理由とすることはできない。控訴人の主張は採用することができない。」に、それぞれ改める。

2  次に、損害について判断する。

(一)  請求原因5(損害)の事実中、本件各固定資産税の額が、原判決書添付別表第1の固定資産税欄記載のとおりであり、その合計額が一三〇四万四五八八円であることは、当事者間に争いがない。

(二)  固定資産税の賦課決定は、法定納期限の翌日から起算して五年を経過した日以後においてはすることができないものとされ(法第一七条の五第三項)、その法定納期限は、当該年度の第一期分の納期限である四月中において当該市町村の条例で定める納期の納期限とされている(法第一一条の四第一項、第三六二条一項)。そして、東村山市においては、市税条例の定めるところにより、本件各固定資産税の法定納期限が昭和六一年四月三〇日となり、本件各固定資産税の賦課決定をすることのできる期間は、平成三年四月三〇日までとなることは、控訴人において明らかに争わないところである。

そうすると、東村山市長は、同日が経過したことにより、もはや本件各固定資産税の賦課決定をすることができなくなったことは明らかであるから、これにより東村山市は本件固定資産税額の合計金一三〇四万四五八八円の損失を被ったことになる。

(三)  ところで、地方自治法第二四二条の二第一項四号に基づき住民が請求する損害賠償請求は、住民が地方公共団体に代位してするものであり、損害賠償請求権の性質自体は民法その他の私法上の損害賠償請求権と異なるところはないと解される。したがって、当該職員の財務会計上の違法な行為又は怠る事実によって、一方において地方公共団体に損害が生じても、他方においてこれによって当該地方公共団体が利益を得、又は支出を免れることによって利得をしている場合には、両者の間に相当な因果関係があると認められる限り、損益を相殺した結果により最終的に損害の有無を確定すべきものと解するのが相当である。

(四)  前掲<書証番号略>によれば、東村山市が、本件各土地の所有者に対して報償費を支払い、かつ固定資産税を減免するとの約束をする方法をとったのは、同市は、昭和五二年ころ以来、市民にゲートボール場等の体育施設を提供することに力をいれてきたが、安価に土地を提供してくれる者が少ないだけでなく、それらの土地所有者も、交渉の過程で、土地を提供するからには有償とすることを望みながら、いざ賃貸借契約ということになると、契約による拘束を受けてなかなか返してもらえなくなるのではないかと懸念して、賃貸借契約にすることを望まないという場合が多いという実情にあり、こうした隘路を打開するための苦心の結果であったと認めることができる。

そして、<書証番号略>によれば、昭和六一年当時原判決書添付別表第2記載の各施設の近傍の土地を自動車の有料駐車場として貸す場合の賃料は、同表記載のとおり、自動車一台一か月あたり安いところで五〇〇〇円高いところでは九〇〇〇円であったことが認められる。同表に記載のない本件各土地についても、前掲<書証番号略>によると、いずれもさして離れたところではないから、賃料額もそう変わらないとみて差し支えない。この賃料から坪当りの単価を計算して本件各土地のうち同表記載の各施設の土地の報償費及び固定資産税額の単価と比較すると、同表及び原判決添付の別表第3のとおりとなり、本件各土地の報償金は極めて低額に設定されていることが認められる(なお、右各表に記載のない土地についてもほぼ同様であることは推認に難くない。)。

(五) これまでに認定したところからすると、本件各土地に固定資産税を賦課しなかったことによって東村山市に損失が発生したことは明らかであるが、他方同市が本件各土地の所有者に固定資産税を課さないことを約束したからこそ、極めて低額の報償金を支払うだけで現実に土地の提供を受けることができたことは間違いないと認められ、その結果同市は、本来なら支払わなければならない通常の賃料相当額の支払いを免れたものということができるから、同市が固定資産税を課さなかったことによる損失と、通常の賃料相当額の支出をすることなく現実に土地を利用することができ利益を得たこととは経済的な対価関係にあることは明らかであって、両者の間に相当因果関係があるといってよい(直接の因果関係があるといってもよい。)。地方公共団体の損失と利得との間に右の意味での相当因果関係のほかに、原判決のいうような法的な対価関係のあることまで要するとする見解は当裁判所の採るところではない。損害賠償請求における損益相殺は、衡平の理念から導かれる法理であるから、損失と利益とが相当の因果関係を存するものであると認められれば足り、その間にさらに別の法的な対価関係というような概念を持込む根拠はないと考えられるからである。また、地方公共団体の仕組からいえば、本来固定資産税も、当該地方公共団体の歳入に組入れられるべきものであり、その上で他の収入と共に当該地方公共団体の一般的な経費の支弁その他の支出の財源とされるべきことは、原判決の説示するとおりであり、さらに固定資産税を含む地方団体の徴収金と地方団体に対する金銭債権とは、法律による別段の規定がある場合を除き、相殺することができないとされている(法第二〇条の九)が、これらのことも、損益相殺の法理の適用を否定する理由とはならない。本件において損益相殺を考慮する場合、個々の不動産から生ずる固定資産税額の収入と使用の対価相当額の支払いを対価関係として捉える必要はなく、市の財政全体として損益がどうなるかをみれば十分であり、その際には、利得はその保持が許されないとして後に覆滅される恐れがなければ足り、他方損失が違法行為によって生じたものであることを考慮に入れる必要もない、つまり歳入歳出の仕組みや徴収金の現実確保の要請は、損益相殺に当たって関係のない事柄というべきだからである。

(六)  昭和六一年当時においても、駐車場利用の対価が一台当り月額五〇〇〇円ないし九〇〇〇円というのはほぼ相場とみてよく、少なくとも不当に高額とはいえない(当裁判所に顕著といっていい。)。本件各土地がゲートボール場など市民のためのスポーツ振興に提供される公共的な施設として利用される用地であり、市の努力や理解のある土地所有者の協力を得れば、駐車場よりも有利な条件で借り受けることができる可能性があることを考慮に入れても、東村山市は極めて有利な条件で土地の提供を受けたと考えることができるのであって、相当の賃料を支払ったうえで固定資産税を課す場合に比較して、極めて低額で本件各土地を利用することができた利益が、固定資産税を賦課しなかったことによる損失を上回ることは疑いないと認めることができる。少なくとも、本件に現れた証拠によっては、東村山市の損失がその利益を上回ることを認めることはできず、結局、本件各固定資産税を賦課しなかったことによって、東村山市に損害が生じたと認めることはできない。

二以上のとおりであるから、被控訴人らの請求は理由がなく、これを認容した原判決は相当でない。よって、原判決を取り消して被控訴人らの請求を棄却することとし、訴訟費用の負担につき、行政事件訴訟法七条、民訴法九六条、八九条、九三条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官上谷清 裁判官滿田明彦 裁判官曽我大三郎)

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